産業系心理屋(産業系のカウンセラー)として修行中。

せめて1ヵ月に1回くらいは書かないと…というわけで、こんばんは。

私は10月から、少しずつ心理屋として復活しつつあるところです。
現在は、どことは言えませんが、高等専門学校のスクールカウンセラーをしています。
そして、今週後半から週1日、産業系の研究所で、仕事を手伝いながらいろいろと学ばせていただくことになりました。

それから、もう願書が届きましたが、産業カウンセラーの試験を受けるために
(…と言ってしまうともう後に引けないところが辛いですが…)
今、勉強しているところです。
私は本を目で読みながら覚えられるタイプではなく、書かないと覚えないタイプなので、受験となると毎度毎度腱鞘炎になりかけます(実際なったこともあります)。

ただ、実際私は産業カウンセラー養成講座を受講したわけではなく、
「心理学又は隣接領域の学科の学士を持っている」という条件で受験するので、実際の情報がなかなか得られないのが現状です。
同じ試験を受ける主人から細々と得る情報がすべて、といった状況です。

産業カウンセラーになられた方、あるいは同じく受験される方、
企業のメンタルヘルスの実情に直面されている方、などなど、是非情報をいただけたらと思います。

また、実際にこれから私も「産業系心理屋」としてやっていこうとしているのですが、
やっぱりまっとうな「産業系心理屋」になりたいので、こういったことに関心のある方々、
あるいは、現在休職中の方々、復職しようと試みている方々、求職中の方々、
メンタルヘルス問題に直面している同僚の方々、上司の方々、人事労務の方々などの
多方面からのご意見をお伺いできれば幸いです。

こういったところで意見交換が出来たらいいな、と私は考えております。
よろしくお願い致します。
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# by s-tamagosan | 2006-10-23 21:37 | 心理

企業における心の病の現状。

最近、ものすごく忙しくて全然ブログ書けませんでした。スミマセン。

やっと少し落ち着いたので、3ヶ月のOL生活と、産業系の心理の勉強をしながら
感じたことを少し綴ってみようかと思います。

どんな地位の人も、それなりの悩みを抱えていたり。
「これ、本当に36協定違反じゃないの?」というくらい正社員が残業していたり。
派遣は派遣で、次期のクビが繋がるだろうか?とビクビクしながら仕事をしていたり。
上の人は上の人で会社の統廃合に合わせていろいろとシステムを改変せねばならず。

…大変なんだなぁ…というのを、目の当たりにした、という感じです。
そんな私は、9月末で契約を終え、また心理屋に戻る予定なのですが。

少し前にたまたま産業系臨床心理士の研修会に顔を出したのですが、
今現在、産業系で働いている臨床心理士というのは、全体でたったの2%なのだそうです。
スクールカウンセラーの普及のおかげで教育系の臨床心理士の割合は増えましたが、
教育、医療、のあたりが大半を占め、産業系はまだまだ、といった感じなのだそうです。

けれど、実際に現在、会社で心の病による休職者は非常に増えています。
特に、30代の休職者は(母体が多いのも確かだけれど)急増しているそうです。
30代で心の病にかかっている企業の人は2006年で60%を超えているそうです。
(2004年は約50%弱だったそうですが…。)

厚生労働省の調査では、心の病による休業者は全国で約47万人いるとのことです。
そして、大体200人に1人の割合、中小企業にその割合は高い、とのことです。

このような現状、皆さんはどう思われるでしょうか?

私は、出来れば今後、もっと産業系のことを勉強して、産業系の心理屋の世界にも
関与していけたらいいなぁ…と密かに思っているところです。
同じ30代として、この状況、やっぱり尋常ではないと思う気持ちもあるので…。
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# by s-tamagosan | 2006-09-30 21:22 | 心理

残暑お見舞い申し上げます。

今年はなんだか梅雨が長かったせいか、「遅い夏の到来」といった感じですが、
皆様いかがお過ごしでしょうか?

お盆休みも終わり、私も仕事三昧の日々、習い事三昧の日々を送っております。
習い事、とはいっても、単発講座が殆どですけれど…。
少しでもお仕事の役に立てられたらいいなぁと思ってやっております。

マンション住まいを始めて、初めての夏休みがやって来たわけですが、
小さなお子さん達の姿を見るたびに、「本当に少子化なのかしら?」と
首をかしげてしまう次第です。
とはいっても、第2次ベビーブーマーが子どもを産んでいれば、それは当然
子どもは増えるだろう…(全体的には減っているとしても)とも思ったり。

子ども達も夏休みを満喫している感じがします。
プールに行く格好をしている子ども達を見かけたり、
家族で旅行に行く格好をしている子ども達を見かけたりします。
子ども同士で遊んでいる姿も見かけます。

そんな子ども達の夏休みとは何ら関係なく日々を過ごしている私は、
旅行に行く暇もお金もなく;;
日常に埋没して生きている、といった感じです。

まだまだ暑い日々が続くと思いますが、どうか皆様ご自愛下さい。
そして、特に西の方では台風も到来しているようですので、
どうかお気をつけてお過ごし下さい。

追伸:
トラックバックについて、一応おかしなものに気がついたら削除はしているのですが、
確かめ切れない場合がございます。
(管理人として申し訳ありませんが…。)
怪しいな、と思ったら、ご自身のご判断で足を踏み入れないよう、
お願い申し上げます。
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# by s-tamagosan | 2006-08-19 08:54 | ご挨拶

自分のターニングポイントで自分を見つめ直すコト。

苦しみの真っ只中にいる時。
自分自身が危機的な状況にいる真っ最中。
自分が取り乱してパニック状態になっている時。

本人にとっては、それがとても苦しいけれど、
それが何かのターニングポイントになる。
そんな時って往々にしてあるように私には思います。

私も、実はちょっとスランプに差し掛かりました。
仕事でもだんだん責任が重くなっていくこと。
そして、あまりに頑張り過ぎてまた体調を崩してしまったこと。

…それがどういうわけか、自分の生き方を見つめ直すきっかけになるとは、
思いもしませんでした。

もちろん、今回激しく体調を崩しても自分を見つめ直せるきっかけとすることが
出来たのは、周りの人達のおかげだと思います。
こんな状態の私のクビを切らずにいてくれる職場の人達。
こんな私なのに支えてくれる周りの人達。

そして、こんな苦しい時だからこそ、
きちんと診察を受けて、カウンセリングも受けて、
自分の価値観や考え、感情をもう一度問い直す必要が
あるのだろうな…
それがきっと、何か新しい自分を生み出すのではないかな、
そんな気がするのです。

ただ疾風怒濤のように、がむしゃらに頑張って駆け抜けることだけを
考え続けていた私が、もう少し立ち止まって、自分というものを
しっかり考えてみないかい?
…と、今、問いかけられているような気がしています。

自分が心理の道…これでいいのか?!と迷って。
まだ迷い続けていて、会社員(派遣)をやっておりますが。
このポイントを乗り越えられたら、もっと大きなモノを手にすることが
出来るような気がするのです。
それが何なのかはまだ見えてきませんが。

そういうターニングポイントにこそ、カウンセリングって
必要なのかな…そんな風に改めて私は思いました。

ただ誤解しないで欲しいと思うのは、私は別に
カウンセリングに行って、カウンセラーのアドバイスが欲しいとか
「こういう方向へ」という指示が欲しいわけではない、ということ。
あくまで、自分自身の来し方行く末を整理し、模索するという作業を
安心して出来る時間と空間を求めている
…そんな感じなのではないかと思います。

誰にでも何にでもどんな時にでも、やたらに
「じゃあカウンセリング行ったらいいんじゃない?」
と言っているわけではないのです。
上記のような時に行くのが多分、最適なのではないかな…と私は思っているのです。
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# by s-tamagosan | 2006-08-05 17:27 | 心理

「自分磨き。」

最近、心理のことだけではなく、いろいろなことを学びたい欲求に駆られています。

事情あって、6月末から、派遣社員として一般企業で働いています。
私自身は企業で働く、それも、いわゆる「事務系会社員」として働くのは初めてなので、
戸惑うことも多いのですが、今まで学ばなかったことを学ぶ、いい機会だと捉えています。

派遣会社が主催しているキャリアアップスクールの講座も受け始めました。
今はOAスキルアップの講座に着手したところですが。
そのうち心理の業界において論文発表をしたり、統計を出したり、グラフや表を作ることも
出てくるでしょうから、Word、Excel、PowerPointあたりは使えるようになれると、
将来的には非常に便利だと思うのです。

また、入った会社がたまたま外資系の会社なので、今は業務で使っていないけれど
ビジネス英語も学びたいな…と考えております。
留学経験はあるけれど、高校の時の留学だったので、日常会話主体でした。
かなり昔のことでしたので、ビジネスでやりとりするe-mailの書き方なども知らず。
「今だから必要なスキル」というのが学べたらいいな…と考えているのです。

その一方で、それでもいつかまた心理屋の世界に戻って、この「会社員」の経験も
生かしていきたいと考えているので、心理の研修もところどころ入れております。

どの分野に流れ着いて、どこに自分が落ち着くのかはわかりませんが、
常に「自分磨き」は欠かさないようにしたいな…そんなふうに今、考えております。

もちろん、いわゆる「スキル」だけではなく、感性も磨きたいな…と考えているので、
たくさん音楽を聴いたり、読書をしたり、映画を観たり、いろんな人とお話ししたり。

そういうことすべてが、後々活きてくるのではないか、と信じて。
日々が忙しくなるけれど、充実していればそれでいいかなと思っております。

「学ぶことが楽しい」と思えると、どういうわけか「生きていくことが楽しい」に
繋がっていくから不思議だなぁ…と思います。
(ただ、それだけやるには、やはり心身ともにパワーのある時でないと
なかなか行動には移せないことはあるのですが…。)

「自分磨き。」
老若男女、どんな人でもこれをとことん追求していくと、
生きるエネルギーに繋がっていくのではないかなぁ…と。
最近、私はそんなことを思っています。

もちろん、がーっと何かを必死で学ぶことだけが「自分磨き」ではないと思います。
ちょっとしたリラックス(マッサージを受けるとか、アロマテラピーとか、温泉に入るとか)、
女性なんかだと、お化粧やら服装を気にすることも「自分磨き」に入るのかも…?
その基準は人それぞれだと思いますが。

皆さんにとって、「これが私の自分磨きです!」というモノがあれば、
是非ご紹介いただけると有り難いなぁと思います。
そういうことを探していくのも、生きるエネルギーを得るためのヒントに繋がると思いますので、
そんな話も皆さんで分かち合っていけたらいいなぁと考えております。

ご意見、よろしくお願いします。
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# by s-tamagosan | 2006-07-09 23:22 | 心理

バスの中でのひとコマ…バリアフリー社会を考える。

昨晩、私がバスで帰宅途中の出来事でした。

私が降りる前のバス停だったと思います。
車椅子に乗った男性がバス停で待っていました。
他の乗客も数人そこから乗ってきたのですが。

乗客が乗って、そのままバスが出発しようとしたのです。
車椅子に乗った男性が一生懸命バスカードを手に持って
振っているのが、いちばん後ろの座席にいた私には見えまして。

この雨の中、バスに乗ろうと思って、ずっと待っていたのだろう
と思うのです。
傘も持っているし、雨に濡れているし、バス停まで来るのも
きっと一苦労だっただろうに…と思うと、見過ごせませんでした。

私はどっちにしても次のバス停で降りるので、
一生懸命ブーブーと降車ボタンを鳴らし続けました。
でも、運転手さんも気付かないし、
同じバス停から乗った人達も何も言わないんですね。

私は半分頭にきて、座席を立って、運転手さんのところまで行きました。
かなり大声になっていたかもしれないのですが、
「あのぉ…車椅子の方がバスに乗りたがっているみたいなんですけど…」
と、言ったら、バスの運転手がやっと気付いてバスをバックさせていました。

運転手が降りて、そのあと続いて数人男性が
「手伝いますよ」と言って降りてきたのですが。
非力な私では車椅子は持ち上げられないので
せいぜい傘をかざすことしか出来なかったのが情けなかったのですが。

なんとか車椅子の置ける場所を作って彼はバスに乗ることが出来ました。

私も次のバス停で降りるのでまたボタンを押し、出口付近で
彼を見守っていたのですが。

正直、いろんな意味で複雑な気分でした。

いちばん複雑な気分だったのは、恐らく彼だろうと思います。
恩着せがましい感じにはなりたくなかったので、私は終始無言で
彼を見守っていました(ちょうど坂もカーブも多い場所だったので、車椅子が
滑ってしまうと危険だと思って…)。
そして、当然バスを止めただけの私は礼も言われる筋合いもないので、
自分の最寄りのバス停に着いて、何も言わずにバスを降りました。

本当に、複雑な思いです。

まだまだ日本はバリアフリー社会じゃないなぁ…という感覚。
運転手も気付かなかったのもどうかと思いますし、
一緒に乗ってくる乗客が何も言わずにいたっていうのも変ですし
(一緒に待っていたのだから、「車椅子の方いらっしゃいます」と
誰かが言ってあげてもよかったのでは?と思いますし)。
車椅子対応のバスと言っても、実際に乗せるのにかなり手間がかかり、
スロープもなければ車椅子を固定させる場所もない
…という、中途半端なつくりであり。

「手伝いましょうか?」と出てきてくれた男性が数人(いずれも中年の方でした)
がいたことで、ある意味まだ日本はこういう人達に救われているのかな?
なんて思ったりもしましたが。

ただ…その、車椅子に乗っていた本人も本人で。
確かに、障害者って思われるの、嫌なんだろうって想像します。
自分も普通にバスに乗る権利あるよって思うのもわかる気がします。
彼は比較的若い人だったのではないかと思うのですが。
去ってしまいそうだったバスに対して「なんだよ、無視しやがって!」
という怒りもあったかもしれません。

けれど、やっぱり人間として、他人の手を煩わせた
(こういう言い方も失礼かもしれないけれど)
からには、「ありがとうございます」の一言は必要だと思うのです。
それは「障害者だから」ではなく。
「人間として」だと思うのは、私だけでしょうか…?

すごく按配が難しい問題なのもわかるのです。
「当たり前に暮らしたい」って思っているだろうし、
自分が障害を持っていることに憤りを感じてもいるのだろうし、
車椅子に乗れば周りが「障害者」と見るのは苦痛なのではないか…と。
特別視なんかされたくない!って思いはあると思うのですが。

だからといって、「俺は障害者なんだから周りはやってくれて当たり前」
と思っていたのだとしたら、それはどうかなぁ…と思うのです。
それは、「障害者としてみられたくない」という思いとある意味
矛盾しませんか?と私は思ってしまうのです。
自分のために周りが動いてくれるのが当然と期待しているのならば。
それは「障害」を利用していると言われても反論出来ないのではないでしょうか。

私自身も、どこかで倒れて、知らない人に助けてもらったら
やっぱり「ありがとうございます」「すみません」くらいは言います。
人の手を煩わせて助けてもらっているわけなのだから。

別に、バスを止めただけの私に彼が礼を言う必要はないけれど、
車椅子を持ち上げてくれた人達に対して、やっぱり「ありがとう」と
彼は言うべきだったのではないかなぁ…とすごく思うのです。
もしも、助けてくれた人達がそれで気分を害して、
「こんなことならもう助けてやるもんか!」って思うようになったら
助けようと思う人がいなくなってしまうのではないでしょうか。

…そういう人ばかりになってしまう社会は、私は嫌です。
やっぱり人間、生きていく上で礼儀って必要なんじゃないかな
…すごくそう思わされました。

この話に対して異論・反論などもあるかもしれませんが、
この場で一緒に考えてゆければいいなと思っています。
どうぞご意見をお寄せ下さい。
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# by s-tamagosan | 2006-06-16 12:35 | 教育と福祉

発想の転換~「とらわれ」からの解放~

ご無沙汰しておりました。

しばらく続けていたスクールカウンセラーのお仕事、
まだ続けたい気持ちもあったのですが、自分が本当に心理屋としての適性が
あるのかどうか…と悩む場面も多く、結局少し距離をおいたところからもう一度
自分の適性というものを考えてみようと思い、職場を変わりました。

現在は、某女子大の学生相談室でインテーカー(相談受付・事務・その他雑用など)
の職に就いています。4月から始めて、はや1ヶ月になりました。

そのものズバリの面接をしているわけではないのですが、
ベテランカウンセラーのもとで雑事をしながら学ばせていただいている、
という感じですね。
もちろん、受付の面接はしますので、心理屋の世界から完全に離れてしまった
わけでもないのですが…。


私は、心理の仕事をやると決めた以上、
そこから脱落することは「=失敗である」という思いにとらわれ過ぎていた
ように思うのです。
でも、少し引いた立場からもう一度自分の立場、自分の能力、
何が出来て何が出来ないのか、何なら努力次第で変えられるのか、
どうにも変えようがないのか…など、考えるのにはちょうどいい機会なのかな
…そう捉えることにしました。

そう思えたことで、少し気が楽になった部分はあります。

よく、認知療法や論理療法などでも言われていることですが、
「~べき」「~しなければならない」という発想にとらわれていると
それが自分を苦しめ、生きにくくさせる、というのが何となく実感出来たような
気がします。

今の仕事は、そういう事務が多いのですが、一応週5日フルタイム。
なので、イメージとしてはOLさんと一緒ですね。

ベテランの仕事ぶりを見させていただきながら、
学ぶことは多いです。
細かな配慮に至るまで。
「なるほど…」と思わせられる部分もたくさんあります。

ついでに、PCの技術(特にWordやExcel)で知らなかったことも覚えたり、
電話応対のしかた、今まで入ったことのない女子大の世界(私は共学しか
行ったことがありません)、など、新たな領域を開拓している感じがして、
それはそれで楽しんでいますし、世界が広がった感じがします。

こういう発想の転換のしかた、というのもあるんだなぁ…と
最近改めて感じています。
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# by s-tamagosan | 2006-05-04 15:43 | お仕事

精神疾患回復途上の人達の居場所はいずこ?

精神疾患にかかった人が社会復帰をする時に
「同志」じゃないけれど、同じような回復途上で何とかしようと
もがいている人達の居場所、というか、語り合える場があるといいなぁ
…と、ふと思いました。

無理せず焦らず、でも、ちょっとずつ負荷をかけていく。
この按配って結構難しいと思います。
一気に負荷がかかれば潰れてしまう。
潰れないように、崩れないように、そっと負荷をかける。
これ、ものすごく難しいと、自分でやってみてもそう思いますね。

精神疾患…ひとことで言ってもいろいろあると思うのだけれど、
私が「躁うつ病」という病名をいただいてしまってはや10年近く
…病気がなりを潜めていた時期も何度かあったのだけれど
(その時はかなり動き回れたような気がしているけれど)
「動けるから!」と言って一気に負荷をかけた結果、病状が悪化した、
という経緯を持っているだけに。

そういう時期もありつつ、幸いなことに
臨床心理士の資格も精神保健福祉士の資格も取得することが出来た。
そこから先がまた苦労の連続だったわけだけれど。
(今だって十分苦労しているけれど…。)

「無理し過ぎないで、適当に頑張る」

を合言葉にして、私は心理の世界だけでなく、違う世界も見ようと思って、
リハビリも兼ねて派遣のお仕事もしている。

もちろん、本業に完全に復帰することが当面の目標なのだけど。

そういう中で、「一緒になんとかやっていこうよ」と言える人がいれば、
そういう居場所があれば、お互いに支え合っていけるんじゃないかなぁ
…と思うのです。

でも実際、そういう人達の居場所ってあるかな…?
と探してみると、意外とないな…というのが私の率直な思いです。
「自分を立て直すのに必死だから」という理由もあるのだろうけれど。

精神障害者の施設、というと、デイケアや作業所などがあるけれど、
その次のステップはかなりハードルが高いんじゃない?とも思うのです。
精神障害者の職親制度みたいなものもあることはあるのだけれど。

「軽度発達障害」の子ども達にいちばん適した場所がなかなか見つからないように、
「軽度精神障害」の人間に適した場所を探すのは本当に難しいと思うのです。
何をもって「軽度」と言っていいのかわからないけれど、
とりあえずは「精神障害者」という枠には入らない人
(手帳や年金の対象外という人、という意味で)は、公の援助を受けることも出来ない。
自力で何とかしようと思うけれど、病気を隠しながら必死に適応しようとする
…というムチャクチャな無理をするから、再発するのではないか…?
と、しばしば考えてしまいます。

このブログが、そういった「居場所的役割」を果たせる場になるといいかな
…と今すごく思っています。
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# by s-tamagosan | 2006-02-02 18:59 | 心理

受験戦争。

今日から、大学のセンター試験が始まって、
「あぁ、受験シーズンだなぁ…」とつくづく思わされる。

今現在、私は公立中学校のスクールカウンセラーである。
半年前までは、都会の公立小学校のカウンセラーでもあった。
自分の勤務先でも、今3年生は進路関係の話でてんやわんやしている。

今、自分の意思で進路を決められる子どもって、どのくらいいるのだろうか?
かなりの子ども達が「親の意思」で何となく進路を決定してしまっているのではないか?

小学校勤務の時、場所が場所、都内の一等地だったこともあり、
「小学校のお受験経験者」という子ども達がいて。
要は、私立の小学校に入れなかったから、公立の小学校にいる、という子ども達。
小学校がダメだったから、何としてでも私立の中学校へ…と
幼い子どもを学習塾に入れたり、英才教育を試みようとする親御さん達。
その期待に応えようと必死になる子ども達…。

試験に合格したらしたで多分、期待され過ぎて重荷になってしまったり、
試験で不合格だったらもしかすると、親の期待に応えられなかった…と
自分を卑下したり、自分自身が頑張ったのに…という挫折感を味わったり。

公立の小・中学校には、こういう子ども達も含め、雑多な児童・生徒がいる。

今現在、公立中学校では、「職場体験学習」などを実施し、
社会と接点を持つことで、将来どんなことをしたいのか、自分に何が出来るのか、
考えるきっかけを与えようとしているように思う。
その中で、自分のやりたいことを見つけ、そのために何が必要なのかを
子ども自身が見極めて進路を切り開いていけるのが、多分理想的な形なのだろうと思う。

ただ、実際は「受験のための受験」になってしまっているような気がしてならない。

「とりあえず高校くらいは出ておかないと、どこにも働きに行けないわよ。」
「オトナになったらいくらでも好きなこと出来るんだから、今は我慢しなさい。」

こういう言葉をかけられた人達は、少なからずいるのではないだろうか。

けれど、途中で潰れてしまったり、大人になってから不適応を起こしたり、
いつも自分と他人を比較する癖が身についてしまったり…と
「受験戦争」の弊害はいろいろと出てきているのが現状だと思う。

「もっといろんな道があるよね」
と体を張って教えてくれているのは、実は不登校の生徒達なのでは…
と、相談室にいるとふと考えることがある。

自分の殻に閉じ篭って考え、行き着く場所は
「私は、私のために生きたいの!」という思いであり、メッセージである、と私は思う。

彼らのその後の進路はさまざまだ。
全日制の高校に行く生徒もいれば、定時制や通信制高校に行く人もいる。
フリースクールに行って、もう少し自分探しを続ける、という人もいる。
発達障害を伴う生徒にしてみれば、養護学校の高等部の方が自分を発揮できる、
ということだってある(実際にそういう生徒と私は出会ったこともある)。
高校に入ってから中退することもあれば、友達が出来ていろいろと支え合いながら、
一緒に頑張って高校卒業しようね、という人だっている。

私がスクールカウンセラーになって、もうすぐ4年。
初年度の時に中3だった生徒は、高校に行っていれば今年卒業することになるのだろう。
自分の意思で、何らかの行き先を見つけられるといいなぁ…と切に願っている。
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# by s-tamagosan | 2006-01-21 18:59 | 教育と福祉

新年あけましておめでとうございます。

皆さん、2006年の幕開けを、いかがお過ごしでしょうか?
私は、いわゆる「寝正月」に近い過ごし方をしております。

…というより、ホンネは、現実逃避です。。。

仕上げなくてはならない、再提出の知能テストのレポート、
それから、3学期に出そうと思っている保護者向けのお便りに書くネタ探し。
そんな宿題を私も冬休みの間にいただいてしまいました。

子ども達にとっても、学校の宿題とか面倒だろうなぁ…と思うけれど、
大人だって、それなりの課題というものがあるわけで…(苦笑)

唯一救いなのは、私の親戚に子どもがいないので、お年玉をあげなくていいこと、かな?

保護者向けのお便りに「こんなのが書いてあったらきっとためになるだろう」
というネタがあれば、是非教えて下さい!!!

…まぁそんな感じで相変わらず、バタバタな日々です。
(それでも寝正月なのだけど…。)

また更新が不定期になるとは思いますが
今年もどうぞよろしくお願いいたします。a0028873_23422477.jpg
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# by s-tamagosan | 2006-01-02 23:42 | ご挨拶